フマユーン廟は、インドの首都デリーにある、ムガル帝国第2代皇帝フマユーンの霊廟です。

皇帝フマユーン は、1540年、インド北部の君主の座を奪われてペルシアに亡命し、流浪の生活をおくりました。やがてペルシアのの支援を受け、1555年にアグラとデリーを奪回して北インドの再征服に成功しましたが、翌1556年に事故で亡くなったそうです。

フマユーン死後の1565年、ペルシア出身の王妃が亡き夫のためにデリーのヤムナー川のほとりに壮麗な墓廟を建設することを命令しました。そのためかペルシャの影響を受けたイスラム建築様式となっているようです。

フマユーン廟は、インドにおけるイスラム建築様式の原点とされており、のちに建てられた「タージ・マハル」のモデルになったことでも広く知られています。

1993年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。

四分庭園

四分庭園(しぶんていえん)とは、庭を十字に交差する水路や通路によって4つの区画に等分割する幾何学的な庭園様式のことです。ペルシャ式の庭園といって良さそうです。

霊廟側から入り口方向を見た光景

霊廟建築

見事に逆光
2階の建築
フマユーンの模棺(遺体を実際に納めた棺はこの直下に安置されている)
屋外にも模棺?がある
世界遺産なのに内部の壁は落書きでいっぱい。日本なら大ごと?

イサ・カンズ・トゥーム

フマユーン廟の敷地内にある建物です。

フマユーンがペルシャに敗れ亡命したあとシェール=シャーがデリーに建国したのがスール朝(1539-1555)です。

といっても短期間でフマユーンが帰還してスール朝を破り、1555年に奪還されてしまうのですが。

このシェール=シャーの宮廷で活躍した高官イサ・カーン・ニアジの墓がイサ・カンズ・トゥームです。

インドとイスラムの折衷様式の建物になっているそうです。

建物全体が八角形であるのはイスラム様式の特徴だとか。

中央ドームの裾まわりなどには、美しい青やターコイズブルーのタイルがはめ込まれており、鮮やかなコントラストを生み出しています。

フマユーン廟は広いお墓ですが、イサ・カンズ・トゥームも一緒に見て30分−1時間もあれば見終われるでしょう。