
いよいよアンコールワットの中の観光です。
第一回廊
西面北側レリーフ 「ラーマーヤナ」(ランカ島の戦い)
アンコール・ワットの第一回廊には、インドの二大叙事詩の一つである『ラーマーヤナ』を題材とした、ラーマ王子とシータ姫の壮大な物語が描かれています。
この物語のハイライトは、第一回廊の西面北側にある「ラーマとラーヴァナの戦い」で見ることができます。
レリーフに描かれているのは、物語のクライマックスである魔王ラーヴァナとの決戦の場面です。
美しいシータ姫は、阿修羅の王である十面二十臂(10の顔と20の腕を持つ)の魔王ラーヴァナによって、ランカー島(現在のスリランカ)へ連れ去られてしまいます。妻を救い出すため、ヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子は、弟のラクシュマナと共に、猿の王ハヌマーン率いる猿軍団と協力して魔王の軍勢に立ち向かいます。 激しい戦いの末、ラーマ王子はラーヴァナを討ち倒し、無事にシータ姫を救い出します。



南面東側レリーフ 天国と地獄
このレリーフは、ヒンドゥー教の死後の世界を3つの段層で表現しており、当時の人々の死生観を垣間見ることができます。




東面南側 乳海攪拌
「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」は、ヒンドゥー教の天地創造神話を描いた巨大なレリーフです。
神々と阿修羅(悪魔)が、不老不死の薬「アムリタ」を作るために協力して海をかき混ぜる物語です。
大蛇ヴァースキの胴体を綱に見立て、神々と阿修羅が両側から引き合って大山を回転させ、千年の間、乳の海をかき混ぜました。
山が沈まないよう、ヴィシュヌ神が亀の化身(クールマ)となって底で支えました。


南面西側 スールヤヴァルマン二世の行軍
象の背に設置された豪華な椅子に座り、日傘(パラソル)を差し掛けられた威風堂々たるスールヤヴァルマン2世の姿が描かれています。
王の周囲には、槍や盾、弓矢を持った兵士たちのほか、軍旗、軍楽隊、馬、そして多数の戦象が整然と行進する様子がびっしりと刻まれています。

十字回廊
アンコール・ワットの十字回廊は、第一回廊と第二回廊を繋ぐ場所に位置する、文字通り十字型に交差した回廊です。
沐浴池の跡
十字回廊によって仕切られた4つの中庭には、かつて王が身を清めるために使われたとされる沐浴池の跡があります。

千体仏の回廊(プリヤ・ポアン)
かつては数多くの仏像が安置されていたため、このように呼ばれています。現在は戦乱や略奪により数は減っていますが、今も数多くの仏像が祀られています。

森本右近太夫の墨書(落書き)
江戸時代初期の1632年、この地を「天竺の祇園精舎」と信じて訪れた日本人武士、森本右近太夫(もりもとうこんだゆう)による墨書が柱に残されています。彼は亡き父の菩提を弔い、母の長寿を祈願して仏像を奉納したことを記しています。

第二回廊
第二回廊はほとんど写真が撮れていませんでした。
下の写真は連子窓という窓でその柱が作る影がアンコールワットに見えるそうです。赤の丸印の部分を90度右回転させるとそれらしく見えます。

中央祠堂
アンコール・ワットの中央祠堂(ちゅうおうしどう)は、寺院の最も神聖な場所に位置し、宇宙の中心である「メルー山(須弥山)」を象徴する最高峰の塔です。第3回廊の中心にそびえ立ち、地上からの高さは約65メートルに達します。
ヒンドゥー教の宇宙観を具現化しており、中央の巨大な塔を囲むように4つの小塔が配置され、全体で5つの塔がクインカンクス(五点形)状に並んでいます。
中央祠堂が立つ第3回廊は、かつては王と高僧のみが立ち入りを許された聖域でした。
聖域へ至る階段は神への畏敬の念を表すため、約70度という非常に急な傾斜で作られています。
本来はヴィシュヌ神が祀られていましたが、後の仏教改宗により仏像が安置されるようになりました。祠堂の壁面には、美しいデヴァター(女神)の浮彫が数多く残されています。
残念ですが、第三回廊は遺跡保護と安全上の理由により入場はできません。


第一回廊のレリーフは、他にもクルクシェートラの戦い(マハーバーラタ)、神々と阿修羅の戦い、クリシュナと阿修羅の戦い、ヴィシュヌ神と阿修羅の戦いがありますが、ツアー旅行のため全てを見ることはできませんでした。
